ハロウィン仮装-ペストドクターに思うこと-

ハロウィンの時期になると、黒いマントに鳥の嘴のようなマスク――いわゆる「ペストドクター」の仮装をよく見かけます。
ただ、私自身はこれを見かけるたびに、医学の歴史の一場面を思い出すのです。

この「嘴マスク」は、17世紀フランスの宮廷医師シャルル・ド・ロルム(Charles de L’Orme)が考案したと伝えられています(※1)。
内部には香料や乾燥ハーブを詰め、悪臭を防ぐことで感染を避けると信じられていました。
当時は病気が空気中の「瘴気」によって広がると考えられており、香りで空気を浄化するという発想でした。
この構造は1721年刊行の医学書『Traité de la peste』(Jean-Jacques Manget著)にも描かれています(※2)。

なお、こうした防護装束が14世紀の黒死病流行期に広く使われていたという証拠は乏しく、史料で確認できるのは主に17世紀以降です。
いわゆる「中世のペストドクター像」は、後世の再構成による部分が大きいようです(※3)。

嘴マスクや革製の外套が、現代の防護服のように十分な効果をもっていたわけではありません。
それでも当時の医師たちは、限られた知識のなかで自らを守り、患者を診ようと試みました。
未知の感染症に立ち向かったその姿勢に、私は静かな敬意を感じます。

ただ、医学の歴史を思うきっかけとして、この不思議なマスクを眺めています。


参考文献

  1. Encyclopaedia Britannica, “Plague doctor” 項(最終閲覧 2025年)
  2. Jean-Jacques Manget, Traité de la peste, Geneva, 1721
  3. National Geographic, “The real history of plague doctors” (2020)

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