過日、『トム・ソーヤーの冒険』を久しぶりに読み返しました。
すると案の定というべきか、その流れでどうしても避けられなかったのが――
**『ハックルベリー・フィンの冒けん』**です。
今回は研究社から出ている柴田元幸訳を選びました。
どの訳本がよいか少し調べてみると、この訳の評判がとにかく安定して良い。迷う理由がなくなり、素直に従うことにしました。
久しぶりの「ハードカバー娯楽本」
手に取ったのは分厚いハードカバー。
価格は税込3,080円。正直に言えば、普段100円の古本ばかり買っている身には、なかなか勇気のいる出費です。
ただ、今回は分冊がどうしても好きになれないという気持ちもありました。
一冊を最初から最後まで読み切る――この作品には、やはりその形が似合う気がします。
実際、ページをめくり始めると「買ってよかったな」と思わせる重みがありました。
本の重さも、物語の密度も。
内容については、言わずもがな
内容に関しては、もはや多くを語る必要はないでしょう。
マーク・トウェインの古典中の古典。
少年の冒険譚でありながら、社会や人間の矛盾を容赦なく照らす物語です。
それでも今回あらためて感じたのは、
ハックはトムよりもずっと現実に近い場所に立っているということでした。
いたずら好きで無邪気なトムに比べ、
ハックは貧しさや差別、道徳と現実のズレを、否応なく引き受けながら川を下っていく。
その視線があるからこそ、この物語は単なる冒険譚に終わらないのだと思います。
柴田元幸訳は、その距離感をとても自然に読ませてくれました。
訳文を「意識させない」こと自体が、実はかなりの技術なのですが、その点でも安心して身を委ねられる一冊です。
そうなると、やはり……
ここまで来ると、当然のように思ってしまいます。
同じ役者で、もう一度『トム・ソーヤーの冒険』を読みたいな
トムとハック、
同じ世界を生きながら、見ている景色が少しずつ違う二人。
片方を読むと、もう片方を読み返したくなる――
これはもう、マーク・トウェインの仕掛けなのでしょう。
前回読んだ『トム・ソーヤーの冒険』については、こちらの記事で書いています。
▶︎ [前回記事:トム・ソーヤーの冒険を読み返して]
古典を読むというより、
久しぶりに「ちゃんとした娯楽小説」を読んだ、そんな読後感でした。
たまには100円古本棚から離れて、
こういう読書も悪くないですね。

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